債権法改正のポイント1 消滅時効

※改正前の民法を「旧法」、改正後の民法を「新法」、改正されていない条文は「民法」と表記します。

1【消滅時効期間の短縮】

(1)〔債権の消滅時効期間は原則5年〕
ポイント 債権の消滅時効期間が5年に短縮されます。

一定の期間、権利を行使しなかったら、その権利が消滅してしまう制度を「消滅時効」と言います。
売主の買主に対する売買代金請求権のように、ある者(債権者)がある者(債務者)に対して一定の行為(例えば、お金の支払い)を請求することができる権利を「債権」と言いますが、旧法では、債権は「権利を行使することができる時」から10年間行使しないと消滅すると定められていました(旧法第166条第1項、同法第167条第1項)。

ところが、新法においては、
㋐ 債権者が「権利を行使することができると知った時」から5年、
㋑ 「権利を行使することができる時」から10年
で消滅すると改正しました(新法第166条第1項)。

つまり、
① 債権者が権利を行使することができるか、否かという客観的な時点(旧法や㋑)だけでなく、債権者が権利を行使できると知った時という主観的な時点(㋐)も消滅時効の起算点(消滅時効が進行を始める時)とした上で、
② 権利を行使することができると「知った時」からは10年ではなく、5年で消滅時効が完成することになりました。

通常、債権者は、債権が成立した時(例えば、売買契約が成立した時)において、権利を行使することができる(売買契約であれば、売買代金を請求することができる)と知っています。ですから、多くの場合、債権は5年間で消滅時効が完成することになります。

(2)〔物権の消滅時効期間〕

「債権」に対して、例えば所有権や抵当権のように、人の物に対する権利を「物権」と言います。
物権に関して、新法は、旧法と同様に「債権又は所有権以外の権利は、権利を行使することができる時から20年間行使しないときは、時効によって消滅する。」と定めています(旧法第167条第2項、新法第166条第2項)。この点に変更はありません。
民法が「所有権以外の権利」と表記しているのは、所有権は消滅時効にかからないことを意味しています(所有権の永続性)。

2【施行時期】

新法は2020(令和2)年4月1日以降に成立した債権(4月1日以降に契約した場合など)に適用されます。2020(令和2)年3月31日以前に成立している債権に関しては旧法が適用されます(改正附則第10条第1項)。

3【商事消滅時効の廃止】

事業者や会社がその営業のためにした行為などを「商行為」と言いますが、商行為によって生じた債権の消滅時効期間は、旧法の10年より短い5年と定められていました(商法第522条)。
しかし、新法は1の通り5年に短縮しましたので、商法第522条は削除されました。したがって、商行為によって生じた債権の消滅時効に関しても民法のルールが適用されます。

4【短期消滅時効の廃止】

旧法では、下記の通り職業別に短期の消滅時効を定めていました(旧法第170条ないし第174条)が、新法はこれらを廃止しました。
もっとも、2でご説明した通り既に成立している債権に関しては旧法が適用されますので、ご注意下さい。

① 医師、助産師、薬剤師らの診療、助産、調剤報酬債権
② 工事の設計、施工、監理に関する報酬債権
③ 弁護士、公証人の書類返還債務
3年
④ 弁護士、公証人の報酬債権
⑤ 生産者、卸売商人、小売商人の売買代金債権
⑥ 職人らの手間賃債権
⑦ 学校や塾の授業料債権
2年
⑧ 大工、左官、俳優、歌手、芸人らの賃金債権
⑨ 運送料金債権
⑩ ホテル、旅館、飲食店の宿泊料、飲食代金債権(つけ)
⑪ 動産の貸借料
1年

「余談ながら」

短期消滅時効に関連して、最近解決した事件を少しだけ、「守秘義務」に抵触しない範囲でご紹介します。

4でご説明した短期消滅時効については大学1年生の時、民法総則の講義で学びます。したがって、法学部卒業生はもちろん、弁護士であれば当然に知っている「基本」のはずです。

ところで、私が3年前にある建設会社から受任した請負代金請求訴訟ですが、受任した時、既に工事が終了した時から5年以上経過していました。したがって、上の表の②で紹介した3年間の消滅時効が完成しているはずです。
ですから、依頼者には短期消滅時効を説明するとともに、「相手は消滅時効を主張するでしょうから、これに対して、当方は、相手の社長から支払いの猶予、減額を求められていたこと(民法で「承認」と言います)を主張、立証しなければなりません。」と説明し、準備もしていました。

ところが、その後の裁判において、相手(元請会社)の弁護士は3年間の消滅時効を主張しませんでした。もしかすると、司法試験にはあまり出題されない分野なので、相手の弁護士はウッカリしていたのかも知れませんが、時効は「援用」と言って、時効によって利益を受ける者が主張しなければ、裁判所はたとえ気が付いたとしても時効による請負代金の消滅を認定することはできません(民法第145条)。ですから、我々にすれば大きな論点を1つ回避することができました。

そして、何よりも結果として、依頼者にも満足して頂ける金額で和解が成立し、先月、無事和解金も支払われました。ただ、相手(元請会社)にすると、もしかすると支払わなくても済むお金を支払ったことになるのかも知れません。

5【不法行為債権】

(1)〔原則〕

例えば不幸にして交通事故の被害者になってしまった場合、加害者に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求することができますが(民法第709条、自動車損害賠償保障法第3条)、不法行為債権に関して、旧法は、

① 被害者または法定代理人が損害と加害者を知った時から3年
不法行為の時(交通事故なら交通事故の日)から20年

と特別に短い消滅時効が定められていました(旧法第724条)。
新法も旧法と同様に①、②の通り定めています(新法第724条)。したがって、この点に大きな変更はありません。

もっとも、厳密に言うと旧法の②について最高裁判例(最高裁判決平成元年12月21日)や通説は「除斥期間」と解釈しており、それ故に「中断」も認められませんでしたが、新法は除斥期間であることを否定し、消滅時効期間としていますので、②についても「完成猶予」や「更新」が認められることになりますが、専門的になり過ぎますので、詳しいご説明は省略します。

(2)〔人の生命、身体を害する不法行為による損害賠償請求権〕

新法は、他人の生命や身体を侵害する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間に関しては3年ではなく、5年に延長しています(新法724条の2)。財産上の権利に比べて保護すべき度合いが強いと考えられるからです。

不法行為の場合だけでなく、債務不履行(契約違反)によって他人の生命を奪ったり、身体を傷つけたケース(例えば、医師の医療過誤、食品に毒物が混入していた場合、建設工事の欠陥が原因でケガをした場合など)についても、消滅時効期間は「権利を行使することができる時から10年」ではなく、「20年」に延長されました(新法第167条)。

したがって、不法行為であっても、債務不履行であっても、他人の生命、身体を侵害する行為に関しては、その損害賠償請求権の消滅時効期間は、

① 被害者または法定代理人が被害と加害者を知った時から5年
② 不法行為や契約違反の時から20年
になります。

6【完成猶予、更新】

(1)〔名称の変更〕

消滅時効は、法律が定めた期間が過ぎたなら必ず権利を消滅させてしまう訳ではなく、法律が列挙した出来事によって消滅時効の進行がストップしたり、振り出しに戻ったりします。

新法は、時効の進行がストップすることを「完成猶予」、時効が振り出しに戻って、再び0から進行することを「更新」と呼んでいます。
旧法では「中断」と呼ばれ、時効が振り出しに戻っていた「裁判上の請求」や「差押、仮差押、仮処分」、「催告」などに関して、新法は「完成猶予」事由と定めていますので注意が必要ですが、実質はさほど変わっていません。

(2)〔完成猶予〕

(1)でご説明した通り、そのことがあっても時効は振り出しには戻らないものの、それが終了するまでの間は時効が完成しない事由を「完成猶予」と言います。

新法は次のようなケースを完成猶予と定めています。

① 裁判上の請求
② 支払督促
③ 即決和解
④ 民事調停
⑤ 家事調停(以上、新法第147条第1項) 但し、裁判を取り下げたり、調停が不成立となったら、その時から6ヶ月間以内に裁判を起こさないと、消滅時効は完成します(新法第147条第1項)。
また判決が確定した場合や、裁判上の和解、調停が成立した場合は、消滅時効の進行は振り出しに戻ります(新法第147条第2項)。
⑥ 破産、民事再生、更生手続きへの参加(新法第147条第1項)
⑦ 強制執行
⑧ 担保権の実行等(以上、新法第148条第1項)
⑨ 仮差押え、仮処分(新法第149条)
⑩ 催告(新法第150条)
請求書を送ったり、債務者に対して「支払ってくれ。」と督促することを「催告」と言います。
催告によって消滅時効の完成は6ヶ月間延びます(新法第150条第1項)。ただ、請求書を普通郵便で送っても、口頭で「支払って下さい。」と言っても、送ったことや、言ったことの証拠は残りません。
したがって、催告は配達証明付の内容証明郵便で行う必要があります。
催告は1回限り有効です。その後、催告を繰り返したとしても、消滅時効の完成を止めることはできません(同法第2項)。
⑪ 協議すると書面で合意したとき(新法第151条) 新法で新たに設けられた完成猶予事由です。
単に合意では足りません。「書面で合意」した場合に限って、
㋐ 合意から1年か、
㋑ 合意で定めた協議を行う期間か(但し、1年未満に限られます)、
㋒ 協議を打ち切ると書面を受け取った時は、その時から6ヶ月か、

のいずれか早い時まで時効は完成しません(新法第151条第1項)。 書面による合意によって消滅時効の完成が猶予されている間に、再度、書面で合意した場合は、⑩の催告と異なり、完成猶予の効力がありますが、その期間は通算して本来消滅時効の完成するべき時から5年以内に限られます(新法第151条第2項)。

また⑩でご説明した通り催告によって消滅時効の完成が6ヶ月間猶予されますが、催告によって猶予されている間に「書面で合意」したとしても、消滅時効期間は延長されませんし、「書面で合意」したため消滅時効の完成が猶予されている間に催告したとしても、6ヶ月間猶予されません(新法第151条第3項)。

⑫ 時効期間満了6ヶ月前に未成年や成年被見人に法定代理人がいないとき(新法第158条)
⑬ 夫婦の一方が他の一方に対して有する権利に関しては婚姻解消後6ヶ月間(新法第159条)
⑭ 相続財産に関しては相続人が確定するなどした時から6ヶ月間(新法第160条)
⑮ 時効期間満了前に天災その他事変が起こり裁判や調停などを行えなかった場合は、その「障害」が消滅した時から3ヶ月間(新法第161条)
⑯ 使用貸借において、借主の契約違反によって生じた貸主の借主に対する損害賠償請求権については、貸主が借用物の返還を受けた時から1年間(新法第600条第2項)
⑰ 賃貸借において、賃借人の契約違反によって生じた賃貸人の賃借人に対する損害賠償請求権については、賃貸人が賃借物の返還を受けた時から1年間(新法第622条が同法第600条第2項を準用)

(3)〔更新〕

(1)でご説明した通り、消滅時効の進行が振り出しに戻ることを「更新」と言います。
債務者がその権利を「承認」したとき、消滅時効の進行は振り出しに戻ります(新法第152条第1項)。

(2)でご説明した通り、判決が確定したときや、裁判上の和解、民事調停、家事調停が成立した場合も同様に消滅時効の進行は振り出しに戻ります(新法第147条第2項)。
確定判決や裁判上の和解、調停によって権利が確定した場合、たとえその権利の消滅時効期間は元来10年未満であったとしても、10年になります(新法第169条第1項。旧法第174条の2第1項とルールは変わりません)。

7【労働債権】

(1)〔労働債権の特則〕

債権の消滅時効期間に関しては、民法だけでなく、他の法律にも規定があります。
賃金債権や退職金債権の消滅時効期間に関しては、労働基準法(改正前)が、賃金は2年、退職金は5年と定めていました(同法第115条)。

(2)〔残業代請求訴訟の急増〕

ところで、近時、未払い残業代の請求を求める訴訟が急増しています。特に退職した元社員からの請求が増えています。顧問弁護士を務める運送会社の社長から伺ったのですが、高速道路のサービスエリアにプロドライバーに向けて「残業代を請求しましょう。着手金は不要です。」と書かれた弁護士の看板も設置されているそうです。
ただ、(1)の通り従来労働基準法は賃金債権の消滅時効期間を2年と定めていたために、残業代も2年分しか請求することができませんでした。

(3)〔労働基準法の改正〕

ところが、債権法改正の施行に合わせて、2020(令和2)年3月27日、労働基準法第115条も改正され、賃金、退職金ともに消滅時効期間は5年、但し「当分の間」、賃金は3年、退職金は5年に変更されました(労働基準法第115条、附則第143条第3項)。この改正労働基準法は2020(令和2)年4月1日から施行されます。

この結果、残業代の請求も従来は過去2年分に限定されましたが、2020年4月分以降は3年間、「当分の間」を過ぎたなら5年間請求が可能になりますので、従来以上に請求額が膨らみます。つきましては、この機会にあらためて就業規則や賃金規定を見直しておくことをお薦めします。

なお、「当分の間」が何時までになるかは未定です。厚生労働省は5年後の見直しを予定しています。

 
残業代の請求可能期間
2020年3月分まで 2年間
2020年4月分以降 3年間
「当分の間」を過ぎたら 5年間

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