労働審判

労働審判は労働事件の約半数を占めており、実務上も大きな役割を果たしていますので、簡単にご紹介します。

【司法制度改革】

例えばA社が従業員Bを解雇したことについて、Bがその無効を訴えたり、従業員Cが勤務先のD社に対して未払いの残業代を請求するなど、企業(使用者)と従業員(労働者)との民事紛争は労働事件と呼ばれています。
ザックリ言うと、労働審判とは、企業と従業員との労働事件を解決するために、地方裁判所で行われる「話し合い」と「簡単な裁判」を兼ねた手続きです。
かつて労働事件のための専門的な解決手続きなく、民事訴訟や仮処分など一般的な民事手続きにおいて処理されてきましたが、労働事件の増加を背景にして、「司法制度改革」で専門的な解決手続きについて議論され、2006年4月から労働審判という新しい制度がスタートしました。「法科大学院」をはじめ失敗ばかりの司法制度改革ですが、労働審判は司法制度改革における唯一の成功例と言う者もいます。

【労働審判の対象】

労働審判は、企業と個々の従業員間の民事紛争だけを対象にします(労働審判法第1条)。したがって、企業と労働組合との集団的な労使紛争は対象となりません。またパワハラの被害者である従業員が企業に対して損害賠償を請求する際は労働審判を利用することができますが、パワハラの加害者である従業員を訴える場合は労働審判を利用できません。加害者を訴える場合は民事訴訟を利用することになります。
なお、労働審判は民事訴訟と異なり、公開されません(労働審判法第16条)。

【アンパイヤー】

労働審判における「アンパイヤー」は裁判官1名(「労働審判官」と言います)と、民間人で(裁判官ではなくて)、労働問題の経験者2名(「労働審判員」と言います)です(労働審判法第7条)。
労働審判官と労働審判員が「労働審判員委員会」を構成します。
労働審判委員会に労働審判員という民間人も加わるのは、大抵の裁判官は裁判官の仕事以外に就いたことがなく、「労働の実際」を知らないからです。経験者(=労働審判員)の専門的な知識や経験を紛争解決に利用しようとする制度設計です。
労働審判法第9条第2項は、労働審判員を「労働問題に関する専門的な知識経験を有する者うちから任命する」と定めていますが、実際のところは労使団体の推薦を受けて、企業で人事の仕事に携わったことがある方や労働組合の役員経験者らが選任されています。

【3回以内】

労働審判は、特別な事情がある場合を除いて「3回以内」に「審理を終結しなければならない」と定められています(労働審判法第15条第2項)。例えば解雇に関する民事紛争であれば、従業員の生活がかかっていますので、グスグズできないからです。実際のところ平均審理日数は約70日です。民事訴訟に比べて遙かに早く終わります。
労働審判を申し立てる側を「申立人」、逆に申し立てられた側を「相手方」と言います。労働審判は、多くの場合、従業員が労働審判を申し立てるので、相手方は使用者(企業)であることが多いです。
申立人と相手方を併せて「当事者」と言います。労働審判は3回以内、約70日で終わりますので、当事者は集中的な準備が必要になります。

【もしも労働審判を申し立てられたなら】

労働審判は3回以内に終了してしまいますので、労働審判委員会の「心証」(=ザックリ言うと、どっちを勝たそうとか、どっちにいくら支払わせようとかの方針のこと)は初回期日にほぼ固まってしまいます。したがって、労働審判の結論(勝敗)は初回期日に大勢が決してしまうと言っても言い過ぎではありません。それ故に、相手方は、初回期日の相当前(裁判所が指定した答弁書提出期限)までには、申立書に対する網羅的で、説得的な反論を記載した答弁書を提出しなければなりません。
ところが、労働審判の初回期日は、原則として申立てのあった日から40日以内に指定されますので(労働審判規則第13条)、裁判所が相手方へ呼出状や申立書の副本などを送付した日から相手方の答弁書提出期限まで1ヶ月程しか時間がありません。相手方は約1ヶ月間で弁護士を選任するとともに、弁護士と答弁書作成のための打ち合わせや資料の準備を終えなければなりません。

【調停】

労働審判の期日において、労働審判委員会は調停を試みます(労働審判規則第22条第1項)。「調停」とは話し合いによる解決のことです。例えばA社が従業員Bを解雇したことについて、Bがその無効を訴えて労働審判を申し立てたとしても、解雇が有効か、無効か、白黒をつけずに、A社がBに解決金を支払い、Bは退社を認めるというような解決です。
調停がまとまったら、裁判所書記官は調書にその内容を記載します(労働審判規則第22条第2項)。もしもA社が約束を反故にして解決金を支払わなかったら、Bはその調書に基づいてA社の財産を差し押さえることも可能です(労働審判法第29条第2項、民事調停法第16条、民事訴訟法第267条、民事執行法第22条第7号)。

【審判】

調停が成立しない場合、労働審判委員会は「事案の実情に即した解決をするために必要な審判」を行います(労働審判法第1条、第20条第1項、第2項)。その際、民事訴訟の判決とは異なり、例えばA社によるBの解雇について無効であると判断していたとしても、Bが真に望んでいるのは補償金の支払いである場合、A社に対して一定額の支払いを命じるというような柔軟な判断も可能です。
審判に対して、当事者は、審判書の送達または審判の告知を受けた日から2週間以内に異議を申し立てることができます(労働審判法第21条第1項)。
異議は書面で申し立てなければなりません(労働審判規則第31条第1項)。
異議が申し立てられたなら、審判は効力を失い(労働審判法第21条第3項)、労働審判を申し立てた時に、その裁判所に対して民事訴訟が提訴されたと看做されます(労働審判法第22条第1項)。

配転命令

ゴールデンウィーク直前の4月26日、最高裁は、使用者(企業)が労働者(従業員)を配置転換する権限を制限する判決を言い渡しましたので(日経新聞4月27日朝刊、「最高裁、一方的な配置転換不可と初判断」)、今回はこの最高裁判決を紹介します。

【最高裁判決】

令和6年4月26日、最高裁は「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しない」との判断を示しました。
すなわち、最高裁は、職種や業務内容を限定する約束がある場合、企業が一方的に従業員に対して配置転換を命じることはできないことを確認しました。

【「日本型」雇用形態と企業の配転命令権】

従来、日本企業は従業員を特定の職務やポストのために雇い入れるのではなく、新卒者を一括採用して、企業内で教育、訓練を行い、その職業能力の発展に応じて、あるいは労働力の調整や解雇回避のためにも様々な職種やポストに配置してきました。ですから、大半の企業の就業規則には「会社は、業務上の都合により、従業員に対して配置転換、転勤を命ずることがある。従業員は、正当な理由がない限り、これを拒むことはできない。」などと定めています。このため、サラリーマンは単身赴任さえ「辞令1本」で従わざるを得ませんし、企業には「配転命令権」と言って、従業員の職務内容、勤務地を決定する権限(配置転換や転勤を決める権利)があると解されきました。

【権利濫用の禁止】

とはいえ、民法は「私法の基本原則」として(「司法」ではなく、私人間に適用される法律という意味で「私法」です。)、「権利の濫用は、これを許さない。」と定めています(第1条第3項)。したがって、企業には配転命令権があるとは言っても、これを濫用することは許されません。

【配転命令権の制約】

そこで、かつて最高裁は「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができる」ものの、その「転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき」や「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」は「権利の濫用」に当たり、無効だと述べていました(最高裁判決昭和61年7月14日)。
このように従前から企業の配転命令権は無制約なものではありませんでしたが、今回の最高裁判決はさらにその趣旨を明確にしました。ですから、経営者の皆さんにおかれても、従業員の配置転換や転勤を決める際には、今まで以上に、その必要性とともに、その従業員との労働契約の「中身」を検討する必要があるように思います。

【「ブル弁」と「労弁」】

余談ですが、私が弁護士になった1990年当時、労働事件(企業と従業員との民事紛争)はそれ程多くはなく、受任する弁護士も企業側は「ブル弁」(フランス革命当時のブルジョワジーの意味ではなく、単に金持ちの意味)、従業員側は「労弁」と呼ばれる限られた弁護士たちでした。「労弁」の多くは特定の政党と関係があるとも言われていました。
しかし、司法制度改革によって「労働審判」という新しい紛争解決手続きが創設されたり、残業代請求やパワハラに関する損害賠償請求などが増えて、労働事件の事件数は2005年には2442件でしたが、2020年には7871件と3倍強に増えています。その結果、「普通の弁護士」も労働事件を担当するようになりました。私も常時労働事件を抱えており、ゴールデンウィーク明けも新しい労働審判が動き始めます。
労働法は改正が頻繁で、フォローも大変ですが、経営者にとっては労働事件のリスクにも目配りする必要があるように感じます。