民法改正(2020年4月、改正法施行)

【120年ぶり】

昨年の通常国会において、契約などのルールを定めた民法(債権法)が改正され、2020年4月1日から施行される運びとなりました。 私たちの暮らしに最も関わる法律の、120年ぶりの大改正です。

【民法の歴史】

この機会に少しだけ民法の歴史にお付き合い下さい。

今年は明治維新から150年になりますが、幕末に徳川幕府が欧米列強と締結した不平等条約には「治外法権」が定められており、外国人が日本で事件を起こしたとしても、日本の司法権に服すことがありませんでした。というのも、当時、日本には民法、刑法などの法律が無く、また法律を運用できる裁判官や弁護士などの法律家も存在しませんでした。

「尊王攘夷」の狂騒の中から誕生した明治政府としては是が非でも不平等条約を改正しなければならず、ご案内の通り鹿鳴館で舞踏会を催すなど、なりふり構わず「文明国」であることを示そうとしましたが、そもそも法律が無ければ、日本法に基づく裁判は不可能です。明治初年、司法卿であった江藤新平は「フランス民法と書いてあるのを日本民法と書き直せばよい。誤訳でもよい。ともかく急げ」と命じたそうです。

その後、明治政府はパリ大学助教授であったボアソナード(法政大学の創設者)ら「御雇外国人」を招聘するなどして近代法の整備に取り組みました。ボアソナードはフランス民法をベ一スにして、10年がかりで民法(旧民法)を起草しましたが、「民法出デテ忠孝滅ブ」と反対が起こり、施行できず、新たに穂積陳重、富井政章、梅謙次郎ら日本人によって起草された現行民法が1896(明治29)年公布され、明治31年から施行されました。

【財産法は120年前のまま】

その後、民法のうち親族法、相続法に関しては、1947(昭和22)年に戦前の「家」制度は封建的であり、「新憲法と相容れない」として全面改正されましたが、財産法に関しては2004(平成16)年にカタカナ文語体からひらがな口語体へ表記が改められただけで、内容に関しては基本的に120年前のままでした。

【契約法を中心に改正】

ところで、市民生活や取引が120年前と現在とでは大きく変化していることは言うまでもありません。

そこで、2009(平成21)年10月、民主党政権発足直後に千葉景子法務大臣から法制審議会へ「制定以来の社会・経済の変化への対応」などについて諮問があり、先ずは国民生活や経済活動に関わりの深い契約法を中心に改正議論がスタートしました。

私も2009年10月、「民主党・債権法検討ワーキングチーム」の座長に就任し、当時、おそらく与野党国会議員の中で最も熱心に民法改正に取り組みました。

【「身分から契約へ」】

と言いますのも、民法こそが国民の自由と平等を保障する基本法だからです。

近代市民革命以前(日本では明治維新前)、人々は決して自由ではなく、平等でもありませんでした。 例えば職業に関して言えば、殿様の家に、しかも長男に生まれたら、やがて殿様になり、父親と同じ収入を得ました。百姓の家に生まれたら、百姓になりました。つまり、人々の職業や収入はどの家に生まれたか、すなわち「身分」によって決められていました。住む場所も、結婚する相手も「身分」によって決められていました。

近代市民革命はこれら封建的呪縛を取り除き、民法によって、人々は皆、対等な当事者として競争し、創意工夫して、自由に契約を結ぶことを保障しました。

言い換えれば、人々がどのような仕事をして、どれだけの収入を得るか、どこに住むか、誰と結婚するかなど自らの権利や義務について、自らが自由な「契約」によって決めることができるようになりました。

これを「契約自由の原則」と呼びます。近代私法の3大原則の1つです。

だからこそ、イギリスの法制史家、メーンは封建時代から近代社会への進化を「身分から契約へ」と表現しています。 改正内容の全てについてここでご説明させて頂くことは困難ですが、3点だけ紹介させて頂きますと、

【保証】

改正民法においては、経営者以外の者が事業資金の借入について保証する場合(いわゆる第三者保証)、保証契約締結前の1ヶ月以内に公証人役場へ行き、公正証書で保証する意思を確認しなければなりません。

また借主が誰かに保証人になって欲しいと頼む際には、自分の財産や収支状況等を説明しなければならず、借主がウソを説明し、貸主もウソの説明と分かっていた場合、保証人は保証契約を取り消すことができます。

これら保証契約の厳格化は消費者保護を志向した改正です。しかし、業界団体の圧力で骨抜きになり、民主党政権で実現した「第三者保証の禁止」(金融庁事務ガイドライン)から大きく後退してしまいました。金融実務では「本人保証」も制限しようとしていますが、この点には手付かずです。

私は金融副大臣当時も訴えた通り、個人保証に依存しない金融実務を実現しなければ、現在の成熟した社会にあってはリスクに挑戦する者は少なく、その結果、ベンチャー企業は育たないし、世界に伍して、先駆けるイノベ一ションも生まれず、日本の豊かさも維持できなくなると考えています。個人保証と不動産担保に依存していたら預貸率は低いままで、金融機関もやがて経営が成り立たなくなると思います。
もう1歩、前へ進めるべきでした。

【約款】

皆様も金融機関で預金口座を開くとき、あるいは携帯電話を購入するときに、金融機関や携帯電話会社が「約款」という小さな文字で書かれた複雑なルールを持ち出してきた経験をお持ちかと存じます。 もしかすると、せっかく保険に加入していたのに保険会社がそれまでに見たこともない「約款」を盾に保険金の支払いを拒んだという嫌な経験をお持ちの方もいらっしゃるかも知れません。

ところが、これまで民法に約款に関するルールはありませんでした。つまり今まで民法において約款は野放しでした。そこで改正民法においては、約款を作成した者は、取引相手に約款の内容を開示しなければならず、正当な理由なく開示しない場合、その取引に約款は適用されないと定めました。また約款が取引の実情や社会通念等に照らして相手方の利益を一方的に害すると認められる場合、その約款は効力を持たないと定めました。

私からすれば、昨今、金融機関や携帯電話会社等による「約款の濫用」は目に余ります。民法は対等な当事者間の自由な契約を保障しましたが、この120年の間に契約の大半は寡占企業と消費者との消費者契約が占めるようになり、そこには契約交渉はなく、契約書も作成されません。寡占企業が自らの都合を押し通すために作成した約款が用いられて、消費者は約款を受諾するか、その契約を諦めるか、の選択しか許されません。したがって、今回の改正で不十分ながらも約款に制限が加えられたことは評価しています。

【消滅時効期間】

友だちにおカネを貸してあげても、10年間、そのままにしていると返してもらえなくなります。この制度を「消滅時効」と言います。
消滅時効が成立するのに要する時間(消滅時効期間)は、現行法では、友だちや知人とのおカネの賃借なら10年、飲食代金債権は1年、商品販売代金債権は2年、建設工事請負代金債権は3年と言った具合に、債権の種類毎に様々でした。

改正民法においては、消滅時効が成立する期間が概ね5年に統ーされます。
したがって、上記飲食代金、商品販売代金、建設工事請負代金債権等については延長されますが、例えば友だちにおカネを貸した場合(現行10年)は短縮されることになります。

賃金(労働基準法115条)については2年、不法行為に基づく損害賠償請求権は3年ないし20年のままです。 詳しくは別表をご参照下さい。

【消滅時効期間】(出許期間も含めて)

債権の種類 現行法 改正法
一般の債権 10年(民法167-1) A債権者が権利を行使できることを知った時から5年
B権利を行使できる時から10年(改正民法166-1)

但し、人の生命、身体の侵害(例えば、安全配慮義務違反や医療過誤)に基づく損害賠償請求に関してはBは20年(改正民法167)
商行為によって生じた債権 5年(商法522)
医師や助産師、薬剤師の診察、助産、調剤に関する債権 3年(民法170①)
工事の設計、施工、監理を業とする者の工事に関する債権 3年(民法170②)
弁護士、公証人が職務に関して預かった書類の返還 3年(民法171)
弁護土、公証人の報酬 2年(民法172②)
卸売、小売等の商品販売代金 2年(民法173①)
運送費 1年(民法174③)
宿泊代、飲食代 1年(民法174④)
動産賃貸借の賃料 1年(民法174⑤)
債権、所有権以外の財産権(例えば地上権、地役権) 20年(民法167-2) 同じ(改正民法166-2)
抵当権 担保する債権と同時(民法396) 改正なし
所有権 消滅時効にかかわらない(解釈) 改正なし
不法行為に基づく損害賠償 A損害及び加害者を知った時から3年
B不法行為の時から20年(民法724)
但し、Bについては時効ではなく除斥期間(中断等ない。最高裁判決)
Aのうち、人の生命、身体を害する不法行為については5年(改正民法724の2)、その他不法行為は3年のまま
Bに関して時効であることを明記(改正民法724)
自賠責保険への被害者請求 3年(自賠法19) 改正なし
手形 3年(手形法70、77⑧) 改正なし
小切手 6ヵ月(小切手法51) 改正なし
賃金 2年(労働基準法115) 改正なし
退職金 5年(労働基準法115) 改正なし
財産分与 2年(民法768-2) 改正なし
相続放棄 被相続人の死亡あるいは先順位の相続人の相続放棄を知った日から3ヵ月(民法915-1) 改正なし
遺留分減殺請求 被相続人の死亡及び遺留分侵害を知った時から1年あるいは被相続人の死亡から10年(民法1042) 改正なし
保険金等 3年(保険法95) 同じ(改正により明確化)
保険料 1年(保険法95) 同じ(改正により明確化)

債権法改正のポイント1 消滅時効

※改正前の民法を「旧法」、改正後の民法を「新法」、改正されていない条文は「民法」と表記します。

1【消滅時効期間の短縮】

(1)〔債権の消滅時効期間は原則5年〕

ポイント 債権の消滅時効期間が5年に短縮されます。

一定の期間、権利を行使しなかったら、その権利が消滅してしまう制度を「消滅時効」と言います。
売主の買主に対する売買代金請求権のように、ある者(債権者)がある者(債務者)に対して一定の行為(例えば、お金の支払い)を請求することができる権利を「債権」と言いますが、旧法では、債権は「権利を行使することができる時」から10年間行使しないと消滅すると定められていました(旧法第166条第1項、同法第167条第1項)。 ところが、新法においては、
㋐ 債権者が「権利を行使することができると知った時」から5年、
㋑ 「権利を行使することができる時」から10年
で消滅すると改正しました(新法第166条第1項)。

つまり、
① 債権者が権利を行使することができるか、否かという客観的な時点(旧法や㋑)だけでなく、債権者が権利を行使できると知った時という主観的な時点(㋐)も消滅時効の起算点(消滅時効が進行を始める時)とした上で、
② 権利を行使することができると「知った時」からは10年ではなく、5年で消滅時効が完成することになりました。

通常、債権者は、債権が成立した時(例えば、売買契約が成立した時)において、権利を行使することができる(売買契約であれば、売買代金を請求することができる)と知っています。ですから、多くの場合、債権は5年間で消滅時効が完成することになります。

(2)〔物権の消滅時効期間〕

「債権」に対して、例えば所有権や抵当権のように、人の物に対する権利を「物権」と言います。
物権に関して、新法は、旧法と同様に「債権又は所有権以外の権利は、権利を行使することができる時から20年間行使しないときは、時効によって消滅する。」と定めています(旧法第167条第2項、新法第166条第2項)。この点に変更はありません。
民法が「所有権以外の権利」と表記しているのは、所有権は消滅時効にかからないことを意味しています(所有権の永続性)。

2【施行時期】

新法は2020(令和2)年4月1日以降に成立した債権(4月1日以降に契約した場合など)に適用されます。2020(令和2)年3月31日以前に成立している債権に関しては旧法が適用されます(改正附則第10条第1項)。

3【商事消滅時効の廃止】

事業者や会社がその営業のためにした行為などを「商行為」と言いますが、商行為によって生じた債権の消滅時効期間は、旧法の10年より短い5年と定められていました(商法第522条)。
しかし、新法は1の通り5年に短縮しましたので、商法第522条は削除されました。したがって、商行為によって生じた債権の消滅時効に関しても民法のルールが適用されます。

4【短期消滅時効の廃止】

旧法では、下記の通り職業別に短期の消滅時効を定めていました(旧法第170条ないし第174条)が、新法はこれらを廃止しました。
もっとも、2でご説明した通り既に成立している債権に関しては旧法が適用されますので、ご注意下さい。

① 医師、助産師、薬剤師らの診療、助産、調剤報酬債権 ② 工事の設計、施工、監理に関する報酬債権 ③ 弁護士、公証人の書類返還債務 3年
④ 弁護士、公証人の報酬債権 ⑤ 生産者、卸売商人、小売商人の売買代金債権 ⑥ 職人らの手間賃債権 ⑦ 学校や塾の授業料債権 2年
⑧ 大工、左官、俳優、歌手、芸人らの賃金債権 ⑨ 運送料金債権 ⑩ ホテル、旅館、飲食店の宿泊料、飲食代金債権(つけ) ⑪ 動産の貸借料 1年

「余談ながら」

短期消滅時効に関連して、最近解決した事件を少しだけ、「守秘義務」に抵触しない範囲でご紹介します。

4でご説明した短期消滅時効については大学1年生の時、民法総則の講義で学びます。したがって、法学部卒業生はもちろん、弁護士であれば当然に知っている「基本」のはずです。

ところで、私が3年前にある建設会社から受任した請負代金請求訴訟ですが、受任した時、既に工事が終了した時から5年以上経過していました。したがって、上の表の②で紹介した3年間の消滅時効が完成しているはずです。
ですから、依頼者には短期消滅時効を説明するとともに、「相手は消滅時効を主張するでしょうから、これに対して、当方は、相手の社長から支払いの猶予、減額を求められていたこと(民法で「承認」と言います)を主張、立証しなければなりません。」と説明し、準備もしていました。

ところが、その後の裁判において、相手(元請会社)の弁護士は3年間の消滅時効を主張しませんでした。もしかすると、司法試験にはあまり出題されない分野なので、相手の弁護士はウッカリしていたのかも知れませんが、時効は「援用」と言って、時効によって利益を受ける者が主張しなければ、裁判所はたとえ気が付いたとしても時効による請負代金の消滅を認定することはできません(民法第145条)。ですから、我々にすれば大きな論点を1つ回避することができました。

そして、何よりも結果として、依頼者にも満足して頂ける金額で和解が成立し、先月、無事和解金も支払われました。ただ、相手(元請会社)にすると、もしかすると支払わなくても済むお金を支払ったことになるのかも知れません。

5【不法行為債権】

(1)〔原則〕


例えば不幸にして交通事故の被害者になってしまった場合、加害者に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求することができますが(民法第709条、自動車損害賠償保障法第3条)、不法行為債権に関して、旧法は、

① 被害者または法定代理人が損害と加害者を知った時から3年
不法行為の時(交通事故なら交通事故の日)から20年

と特別に短い消滅時効が定められていました(旧法第724条)。
新法も旧法と同様に①、②の通り定めています(新法第724条)。したがって、この点に大きな変更はありません。

もっとも、厳密に言うと旧法の②について最高裁判例(最高裁判決平成元年12月21日)や通説は「除斥期間」と解釈しており、それ故に「中断」も認められませんでしたが、新法は除斥期間であることを否定し、消滅時効期間としていますので、②についても「完成猶予」や「更新」が認められることになりますが、専門的になり過ぎますので、詳しいご説明は省略します。

(2)〔人の生命、身体を害する不法行為による損害賠償請求権〕

新法は、他人の生命や身体を侵害する不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間に関しては3年ではなく、5年に延長しています(新法724条の2)。財産上の権利に比べて保護すべき度合いが強いと考えられるからです。

不法行為の場合だけでなく、債務不履行(契約違反)によって他人の生命を奪ったり、身体を傷つけたケース(例えば、医師の医療過誤、食品に毒物が混入していた場合、建設工事の欠陥が原因でケガをした場合など)についても、消滅時効期間は「権利を行使することができる時から10年」ではなく、「20年」に延長されました(新法第167条)。

したがって、不法行為であっても、債務不履行であっても、他人の生命、身体を侵害する行為に関しては、その損害賠償請求権の消滅時効期間は、
① 被害者または法定代理人が被害と加害者を知った時から5年
② 不法行為や契約違反の時から20年
になります。

6【完成猶予、更新】

(1)〔名称の変更〕


消滅時効は、法律が定めた期間が過ぎたなら必ず権利を消滅させてしまう訳ではなく、法律が列挙した出来事によって消滅時効の進行がストップしたり、振り出しに戻ったりします。

新法は、時効の進行がストップすることを「完成猶予」、時効が振り出しに戻って、再び0から進行することを「更新」と呼んでいます。
旧法では「中断」と呼ばれ、時効が振り出しに戻っていた「裁判上の請求」や「差押、仮差押、仮処分」、「催告」などに関して、新法は「完成猶予」事由と定めていますので注意が必要ですが、実質はさほど変わっていません。

(2)〔完成猶予〕

(1)でご説明した通り、そのことがあっても時効は振り出しには戻らないものの、それが終了するまでの間は時効が完成しない事由を「完成猶予」と言います。

新法は次のようなケースを完成猶予と定めています。

① 裁判上の請求
② 支払督促
③ 即決和解
④ 民事調停
⑤ 家事調停(以上、新法第147条第1項)
但し、裁判を取り下げたり、調停が不成立となったら、その時から6ヶ月間以内に裁判を起こさないと、消滅時効は完成します(新法第147条第1項)。
また判決が確定した場合や、裁判上の和解、調停が成立した場合は、消滅時効の進行は振り出しに戻ります(新法第147条第2項)。
⑥ 破産、民事再生、更生手続きへの参加(新法第147条第1項)
⑦ 強制執行
⑧ 担保権の実行等(以上、新法第148条第1項)
⑨ 仮差押え、仮処分(新法第149条)
⑩ 催告(新法第150条)
請求書を送ったり、債務者に対して「支払ってくれ。」と督促することを「催告」と言います。 催告によって消滅時効の完成は6ヶ月間延びます(新法第150条第1項)。ただ、請求書を普通郵便で送っても、口頭で「支払って下さい。」と言っても、送ったことや、言ったことの証拠は残りません。
したがって、催告は配達証明付の内容証明郵便で行う必要があります。
催告は1回限り有効です。その後、催告を繰り返したとしても、消滅時効の完成を止めることはできません(同法第2項)。
⑪ 協議すると書面で合意したとき(新法第151条)
新法で新たに設けられた完成猶予事由です。
単に合意では足りません。「書面で合意」した場合に限って、
㋐ 合意から1年か、
㋑ 合意で定めた協議を行う期間か(但し、1年未満に限られます)、
㋒ 協議を打ち切ると書面を受け取った時は、その時から6ヶ月か、
のいずれか早い時まで時効は完成しません(新法第151条第1項)。
書面による合意によって消滅時効の完成が猶予されている間に、再度、書面で合意した場合は、⑩の催告と異なり、完成猶予の効力がありますが、その期間は通算して本来消滅時効の完成するべき時から5年以内に限られます(新法第151条第2項)。
また⑩でご説明した通り催告によって消滅時効の完成が6ヶ月間猶予されますが、催告によって猶予されている間に「書面で合意」したとしても、消滅時効期間は延長されませんし、「書面で合意」したため消滅時効の完成が猶予されている間に催告したとしても、6ヶ月間猶予されません(新法第151条第3項)。
⑫ 時効期間満了6ヶ月前に未成年や成年被見人に法定代理人がいないとき(新法第158条)
⑬ 夫婦の一方が他の一方に対して有する権利に関しては婚姻解消後6ヶ月間(新法第159条)
⑭ 相続財産に関しては相続人が確定するなどした時から6ヶ月間(新法第160条)
⑮ 時効期間満了前に天災その他事変が起こり裁判や調停などを行えなかった場合は、その「障害」が消滅した時から3ヶ月間(新法第161条)
⑯ 使用貸借において、借主の契約違反によって生じた貸主の借主に対する損害賠償請求権については、貸主が借用物の返還を受けた時から1年間(新法第600条第2項)
⑰ 賃貸借において、賃借人の契約違反によって生じた賃貸人の賃借人に対する損害賠償請求権については、賃貸人が賃借物の返還を受けた時から1年間(新法第622条が同法第600条第2項を準用)

(3)〔更新〕

(1)でご説明した通り、消滅時効の進行が振り出しに戻ることを「更新」と言います。
債務者がその権利を「承認」したとき、消滅時効の進行は振り出しに戻ります(新法第152条第1項)。

(2)でご説明した通り、判決が確定したときや、裁判上の和解、民事調停、家事調停が成立した場合も同様に消滅時効の進行は振り出しに戻ります(新法第147条第2項)。
確定判決や裁判上の和解、調停によって権利が確定した場合、たとえその権利の消滅時効期間は元来10年未満であったとしても、10年になります(新法第169条第1項。旧法第174条の2第1項とルールは変わりません)。

7【労働債権】

(1)〔労働債権の特則〕

債権の消滅時効期間に関しては、民法だけでなく、他の法律にも規定があります。
賃金債権や退職金債権の消滅時効期間に関しては、労働基準法(改正前)が、賃金は2年、退職金は5年と定めていました(同法第115条)。

(2)〔残業代請求訴訟の急増〕

ところで、近時、未払い残業代の請求を求める訴訟が急増しています。特に退職した元社員からの請求が増えています。顧問弁護士を務める運送会社の社長から伺ったのですが、高速道路のサービスエリアにプロドライバーに向けて「残業代を請求しましょう。着手金は不要です。」と書かれた弁護士の看板も設置されているそうです。
ただ、(1)の通り従来労働基準法は賃金債権の消滅時効期間を2年と定めていたために、残業代も2年分しか請求することができませんでした。

(3)〔労働基準法の改正〕

ところが、債権法改正の施行に合わせて、2020(令和2)年3月27日、労働基準法第115条も改正され、賃金、退職金ともに消滅時効期間は5年、但し「当分の間」、賃金は3年、退職金は5年に変更されました(労働基準法第115条、附則第143条第3項)。この改正労働基準法は2020(令和2)年4月1日から施行されます。

この結果、残業代の請求も従来は過去2年分に限定されましたが、2020年4月分以降は3年間、「当分の間」を過ぎたなら5年間請求が可能になりますので、従来以上に請求額が膨らみます。つきましては、この機会にあらためて就業規則や賃金規定を見直しておくことをお薦めします。

なお、「当分の間」が何時までになるかは未定です。厚生労働省は5年後の見直しを予定しています。
残業代の請求可能期間
2020年3月分まで 2年間
2020年4月分以降 3年間
「当分の間」を過ぎたら 5年間

1【根保証の制限】

(1)〔根保証の意味〕

他人(「主債務者」とか「主たる債務者」と言います)の債務を「保証」した者は、他人がその債務を履行しない場合(貸金債務なら支払わない場合)に、その債務を他人に代わって履行する(貸金債務なら支払う)責任を負います。
この保証人によって保証される他人の債務を「主たる債務」とか「主債務」、保証人の債務を「保証債務」と言います(民法第446条第1項)。

保証債務の中でも、「一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約」を「根保証」とか「根保証契約」と言います(新法第465条の2第1項)。つまり、根保証においては契約時には保証の対象となる債務(保証人が責任を負う範囲)が確定していません。
根保証には、次のような類型があります。

① 信用保証
継続的な取引がある仕入れ先からの買掛金や、金融機関との間で継続的に借入と返済を繰り返す借主の債務の保証です。
入院時の患者の治療費に関する連帯保証もあります。

② 不動産賃貸借における賃借人の債務の保証
例えば、賃貸マンションの賃借人の保証人です。

③ 身元保証
従業員の使用者に対する損害賠償債務に関する保証人です。
なお、身元保証については、親戚付き合いなどから断り切れずに引き受けてしまい、その結果、予期しない保証債務を負担してしまうことが多いので、昭和8年に「身元保証ニ関スル法律」が制定され、保証債務の存続期間を5年に制限したり(同法第2条)、使用者に対して従業員に「不適任」や「不誠実」があったり、従業員の「任務」や「任地」を変更したら保証人へ通知する義務を課し(同法第3条)、これら通知を受けた場合に身元保証人には身元保証契約の解除権を付与し(同法第4条)、裁判所に対して身元保証人の賠償義務を制限する裁量権を認める(同法第5条)などして、身元保証人の保護を図っています。

(2)〔根保証の悪用と平成16年改正〕

根保証に関しては、かつて「商工ローン」と呼ばれた高利貸し(日栄や、商工ファンド)がこれを悪用して、保証人に対して容赦ない取り立てを行っていました。「目玉を売って返済しろ。」などの脅迫はまだご記憶に新しいところではないでしょうか。

そこで、2004(平成16)年に、
① 保証契約は書面で契約しなければ効力を生じない(民法第446条第2項)、
② 主たる債務に貸金債務か、手形の割引を受けることによって生ずる債務が含まれる根保証で、保証人が法人ではない場合(個人貸金等根保証契約)は、保証人の責任の上限(極度額)を定めなければ、効力が生じない(旧法第465条の2第2項)、
③ 個人貸金等根保証契約の存続期間に関して、元本確定期日の定めがなければ個人貸金等根保証契約締結の日から3年を経過した日をもって元本が確定する、元本確定期日を定めたとしても5年を超えることはできない、5年を超える期間を定めた場合、その定めは無効になり、3年と取り扱う(旧法第465条の3)
と改正されました。

ちょうど、私が参議院議員に初当選した直後の臨時国会でした。

(3)〔範囲の拡大-貸金に限らない。〕

ポイント 貸金に限らず、個人根保証契約は上限の定めが必要です。

しかし、貸金にだけでなく、その他の根保証においても、保証人が予想を超える過大な債務を負担してしまう事態が発生してしまいます。
そこで、新法は、

① 保証契約は書面でしなければ効力を生じないというルールはそのまま維持しつつ、
② 根保証に関しては主たる債務が貸金等の場合に限らず、その他の債務であっても、保証人が法人でない場合(個人根保証契約)は、

保証人の責任の上限(極度額)を定めなければ効力が生じないと改正されました(新法第465条の2第2項)。したがって、例えば、

㋐ A社がB社から継続的に商品を仕入れており、その代金はその都度支払わず、月末に締めて、翌月のA社の支払日に支払うという継続的な売買契約において、A社のB社に対する買掛金債務を、A社の社長、C男が連帯保証するケース【継続的売買における根保証】や、
㋑ A(賃借人)がB(賃貸人)から賃貸マンションを賃借するにあたって、Aの賃料や原状回復費用など賃貸借契約に基づいてAがBに対して負担する債務をCが連帯保証するケース【賃借人の連帯保証人】、
㋒ AがB病院に入院し、あるいはB介護施設に入所するにあたって、AがBに対して負担する入院あるいは入所費用についてCが連帯保証するケース、
㋓ A(従業員)がB社へ採用されるに際して、CがAの身元保証人になったケース【身元保証人】、

などに関しても、CがBに対して保証する債務の上限を決めておかなければ、その根保証契約が無効になってしまいます。

但し、C(保証人)は法人ではない場合です(新法第465条の2第1項)。保証会社のような法人が保証人になる場合は上限を定めておく必要はありません。法人に関しては保証債務額が過大になったとしても、それによって生活の破綻など深刻な事態は直ちには生じないからです。

したがって、債権者サイドからすると、保証会社の根保証を利用し、その保証料については債務者へ負担を求めるケースが増えてくると思われます(例えば、賃貸マンションの賃貸人は、賃借人の家賃その他の債務の保証を保証会社へ委託し、保証会社に支払う保証料を賃料に上乗せしたり、あるいは賃貸人は、賃借人の家賃その他の債務の保証を保証会社へ委託し、賃貸借契約において、賃借人は保証会社の保証料を支払うことが義務づけられるるケース)。

(4)〔個人貸金等根保証契約の期間〕

ポイント 主たる債務が貸金等の場合、個人根保証契約は5年以内です。

一方において、(2)③でご説明した通り、平成16年、主たる債務に貸金債務等が含まれる根保証で、保証人が法人ではない場合(個人貸金等根保証契約)の存続期間に関して、元本確定期日の定めがなければ3年、元本確定期日を定めたとしても5年を超えることはできないなどと改正されました。

他方、新法は(3)でご説明した通り、個人根保証契約において保証人の責任の上限を決めておかなければならないことに関しては、主たる債務が貸金等の場合に限らず、その他全ての債務に拡大しましたが(新法第465条の2第1項)、存続期間に関しては、その適用範囲を広げていません。従前と同様に、個人貸金等根保証契約に限って存続期間の制限があります(新法第465条の3)。

と言うのも、借地借家法によって、借地契約に関しては30年以上存続し(借地借家法第3条ないし同法第6条)、借家契約に関しても更新拒絶や解約の申入れには「正当の事由」が必要なため(同法第28条)、賃借人が希望すれば長期間存続します。
このため、存続期間の制限を個人貸金等根保証契約以外にも拡大してしまったなら、(3)㋑のケースで不動産賃貸借契約(マンション賃貸借契約)終了前に保証契約が終了してしまうことが斟酌されました。

したがって、新法においても、個人貸金等債務等根保証契約においては、

㋐ 元本確定期日の定めがない場合と、
㋑ 元本確定期日の定めがあっても、個人貸金債務等根保証契約締結日から5年を超えた日と定めている場合は、
個人貸金等債務等根保証契約が締結された日から3年が経過した時に元本が確定しますので、その時点で個人貸金等根保証契約は終了します。
㋒ 個人貸金債務等根保証契約締結日から5年を超えない日を元本確定日と定めている場合は、

その日をもって元本が確定し、個人貸金等根保証契約は終了します。
個人根保証契約 個人貸金等根保証契約
責任の上限(極度額) 上限を決めないと、根保証契約は無効
期間制限(元本確定期日) 制限がない。 3年間。長くても5年間

(5)〔元本の確定〕


(1)でご説明した通り、根保証契約においては、その契約時には保証人の責任の範囲が確定していませんが、一定の出来事によって保証人の責任の範囲が決まります。これを「確定」と言います。

そして(4)でご説明した通り、個人貸金等根保証契約においては3年ないし5年以内の元本確定日が到来したら、その時、主債務者が負担する債務をもって保証人の責任の範囲が確定します。

この元本確定日以外にも、
① 個人根保証契約においては、
㋐ 債権者が保証人に対して強制執行、担保権実行を申し立てたとき、
㋑ 保証人が破産開始決定を受けたとき、
㋒ 主債務者か、保証人が死亡したとき
に確定します(新法第465条の4第1項)。

② 個人貸金等根保証契約においては、これらに加えて、
㋓ 債権者が主債務者の財産について強制執行、担保権実行を申し立てたとき、
㋔ 主債務者が破産開始決定を受けたとき
に確定します(新法第465条の4第2項)。

〔「時」と「とき」〕

私が、ここまで「権利を行使することができると知った時」や「権利を行使することができる時」は「時」、「協議すると書面で合意したとき」や「保証人が破産開始決定を受けたとき」では「とき」と表記して、使い分けしていることにお気付き頂いたでしょうか。
法律用語において「時」は時点を表します。これに対して、「とき」は場合を意味します。

2【第三者保証の制限】

ポイント 事業のための貸金(借金)に関する第三者保証は、その前に公正証書を作成する必要があります。

(1)〔保証人になったばかりに生活が破綻する例〕

A社(中小零細企業)がB銀行(金融機関)から融資を受ける際に、A社のB銀行に対する債務をCが保証するケースがあります。
この場合、CはA社の経営者である場合もありますが、経営者の親族や友人、取引先、従業員、同業者らがA社やその経営者から「絶対に迷惑をかけないから。」と頼み込まれて、断ると取引を打ち切られてしまう、会社に居づらくなるなどのおそれや、義理のために嫌々保証人になってしまうことがあります。
その後、案の定A社が倒産してしまい、その結果、Cは予期しない、多額の保証債務を背負ってしまい、自己破産や自殺、夜逃げなどを余儀なくされたという、保証人になったばかりに暮らしが破壊されてしまった例は枚挙に暇がありません。

(2)〔リスクは誰が背負うべきか?〕

しかし、(1)の例で考えると、融資のプロであるB銀行は、自らの判断でA社に融資しています。しかも、融資によって金利という「利益」も得ています。
A社が倒産し、A社への融資の回収ができなくなってしまったのはCのせいではなく、B銀行の「目利き」が間違っていたからです。
そうであれば、A社が倒産して、融資したお金を回収できないリスクはB銀行が負担するべきであって、融資のプロでもなく、保証人になったことに関して「利益」も得ていない、「素人」のCに押しつけてしまうことが「正義」に適うとは言えません。
それ故に、私はA社の「身内」ではない者(例えば、取引先や従業員、友人、親戚など)、すなわち「第三者」を保証人にすること自体を法律で禁止するべきだと考え、何度も議員立法を提出していました。

今回の債権法改正において「身内」でない者を保証人にすること(これを「第三者保証」と言います)の不条理、不正義についてある程度理解が広がったと思いますが、第三者保証そのものを禁止するには至りませんでした。

(3)〔改正後のルール〕

ただ、新法は第三者保証に関して、次の通り制限を設けています。
まず「事業のために負担した賃金等の債務を主たる債務とする保証契約」や「主たる債務の範囲に事業のために負担する賃金等債務が含まれる根保証契約」に際しては、保証人になろうとする者が、保証契約に先立って公証役場へ行き、公証人に「保証人になりますから、主債務者が支払わなかったら、私が支払います。」と書かれた公正証書を作成してもらわなければなりません(新法第465条の6第1項)。

保証人が連帯保証する場合は「債権者が主債務者に対して催促したか、主債務者が支払えるかどうか、ほかにも保証人がいるかなどにかかわらず、自分が全額を支払います。」と書かれた公正証書を作成します。
ここまで公正証書に書いておくと、安易に保証人を引き受けることはないだろうとの配慮だと思われます。

公正証書の作成を要するのは、
① 事業のために負担する貸金債務や手形の割引を受けることによって負担する債務(貸金等債務等)を主たる債務とする保証契約か、
② 主たる債務の中に、事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約(新法第465条の6第1項)に加えて、
③ ①、②の保証人の主債務者に対する求償権についての保証債務、主たる債務に①、②の保証人に対する求償権が含まれている根保証契約(新法第465条の8第1項)であって、
④ 保証人が法人ではない場合(新法第465条の6第3項、同法第465条の8第2項)
です。

しかも、公正証書は保証契約を締結する日の前1ヶ月以内に作成されたものでなければなりません(新法第465条の6第1項)。
保証契約の前1ヶ月以内に公正証書を作成することなく、保証契約を締結したとしても、その保証契約は無効になります(新法第465条の6第1項)。

(4)〔公正証書を作成する必要がないケース〕

「事業のために負担した賃金等の債務を主たる債務とする保証契約」や「主たる債務の範囲に事業のために負担する賃金等債務が含まれる根保証契約」を締結する場合でも、下記の者が保証人になる場合は、公正証書を作成する必要がありません(新法第465条の6第3項、同法第465条の9)。

① 保証人が個人ではなく、法人の場合
② 主債務者が法人の場合で、
ⓐ その法人の理事、取締役、執行役
ⓑ 法人が株式会社で、総株主の議決権の過半数を有する者
③ 主債務者が個人の場合で、
ⓐ 主債務と共同して事業を行う者
ⓑ 主債務者が行う事業に現に従事している主債務者の配偶者

①に関しては1(3)でご説明した通り、生活の破綻などの問題が生じないからです。
②、③に関しては、主債務者の「身内」、すなわち事業の状況をよく知る立場にあるからです。

なお、②の典型的なケースは、会社の借入に関してその会社の経営者が保証人になる場合です。これは「本人保証」とか「経営者保証」と呼ばれています。「本人保証」においても会社が倒産した場合に経営者やその家族の生活を困窮させますし、経営者の再チャレンジを阻害してしまいます。我が国の金融機関は不動産担保や保証に頼り過ぎています。
「本人保証」に関しては金融庁・中小企業庁のガイドラインによって制限する方向が示されていますが、近い将来、法律上も制限する必要があると、私は思っています。

③のⓑは、例えば夫が営む寿司屋で、実際に夫と一緒に働いている妻です。単に夫の借金を妻が保証する場合は公正証書が必要です。妻も夫の事業に「現に従事している」場合に限って、公正証書が必要ありません。

以上、保証契約に先立って、公正証書を必要とするルールを整理すると、次の通りです。
主債務者 事業者
主たる債務 ① 事業のために負担した貸金債務等か、
② 主たる債務に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証か、
③ ①か、②の求償権
保証人 (4)の②、③を除く個人

債権法改正のポイント2 保証

(5)〔主債務者の情報提供義務〕

(1)で述べた通り、誰かに保証人になって欲しいと頼む場合、大抵の者は「絶対に迷惑をかけないから。」と「約束」します。しかし、この「約束」は当てになりません。
そこで、新法は、主債務者が「事業のために負担した賃金等の債務を主たる債務とする保証」や「主たる債務の範囲に事業のために負担する賃金等債務が含まれる根保証」を委託するにあたっては、保証人になろうとする者に対して、

㋐ 財産と収支の状況(収入だけではなく、収支)
㋑ その他に負担している債務の有無と額、支払い状況
㋒ 担保として提供するものがあれば、その内容
に関する情報を提供しなければなりません(新法第465条の10第1項)。

もし主債務者がこれらを説明せず、あるいはウソの説明をした場合に、債権者も主債務者が情報提供していないこと、あるいはウソの情報を提供していると知っていたとき、あるいは知ることができたときは、保証人は保証契約を取り消すことができます(新法第465条の10第2項)。
但し、この情報提供義務に関しても、保証人が法人でない場合に限って適用されます(新法第465条の10第3項)。

3【保証人への情報提供義務】

(1)〔保証人の請求に応じた情報提供義務〕

保証人になったとき、主債務者がちゃんと支払っているか心配です。そこで、新法は保証人の請求があれば、債権者は、保証人に対して、遅滞なく、未払いの有無や残額、支払時期が到来している額等を知らせなければならないと定めました(新法第458条の2)。

(2)〔主債務者が期限の利益を喪失した場合の情報提供義務〕

住宅ローンのように分割して支払う契約において、約束した分割金の支払いを滞り、その結果、債権者から残額を一括して支払うよう請求されてしまうことを「期限の利益の喪失」と言いますが、主債務者が期限の利益を喪失した場合、債権者から、2ヶ月以内に、保証人に対して、主債務者が期限の利益を喪失したことを通知しなければなりません(新法第458条の3第1項)。債権者が、保証人に通知しなかった場合、債権者は保証人に通知するまでの間の遅延損害金を請求することができません(同法第2項)。
但し、この通知を要するのも、保証人が法人ではない場合です(同法第3項)。

債権法改正のポイント3 法定利率

1【法定利率】

(1)〔適用される場面〕

金利(利息)を支払わなければならないことは決まっているけれども、その利率が決まっていない場合には「法定利率」が適用されます(旧法第404条、新法第404条第1項)。
お金の貸し借りなら「金利を支払うことは決めたが、その利率は決めていない」というケースはあまりないかも知れませんが、不法行為(例えば交通事故)の場合、加害者は、被害者に対して損害額とともに不法行為の日からの遅延損害金も支払わなければなりません。その遅延損害金に関しても法定利率が適用されます。

(2)〔中間利息の控除〕

例えば交通事故で被害者が死亡した場合や後遺症が残った場合、加害者は、被害者が67歳までに得ていたであろう所得(逸出利益)を賠償しなければなりませんが(実務では67歳までを就労可能年齢として処理していますが、この点は、長寿化・高齢化で近々見直しは必至だと思われます)、被害者は将来得るべき所得を現時点で賠償金として受領しますので、その間の利息を差し引く必要があります(例えば、25歳の被害者が亡くなった場合、67歳の時に得る所得については42年分の金利を差し引いて計算する必要があります)。これを「中間利息の控除」と言いますが、その際も法定利率で計算されます。
新法は中間利息の控除に関しても「その損害賠償の請求権が生じた時点における法定利率」を適用すると明記しました(新法第417条の2)。

2【5%→3%】

ポイント 3パーセントに引き下げられます。

(1)〔引き下げ〕

旧法では、法定利率は「年5分」と定められていました(旧法第404条)。民法制定当時(明治29年)の一般的な貸出金利を斟酌して定められた利率ですが、「ゼロ金利」とか「マイナス金利」と言われる時代にはそぐわないので、新法では「年3パーセント」に引き下げられました(新法第404条第2項)。
旧法の「年5分」の表記が、新法では「年3パーセント」と改められた点にも「時代」を感じます。

なお、中間利息の控除に関しても法定利率で計算されること1(2)でご説明した通りです。しかし、今、年5パーセントの金利が付く定期預金はありません。したがって、年5パーセントは「引かれ過ぎ」でした。3パーセントでもまだ「引かれ過ぎ」と感じます。
この点で、年3パーセントでも市中金利と乖離しているかも知れませんが、実務は約120年間に亘って年5パーセントで運用されていましたので、そのこととのバランスも考慮された結果です。

(2)〔変動金利〕

冒頭、今般の債権法改正が約120年ぶりと申し上げましたが、民法という基本法を頻繁に改正することは困難です。しかし、今後も市中金利は変動し、その結果、年3パーセントの法定利率と市中金利とが再び乖離する事態もあります。
そこで、今後は、3年毎に法務省令で定めることになり、その基準は法律で定めています(新法第404条第3項以下)。

3【商事法定利率の廃止】

商行為によって生じた債権に関して法定利率は「年6分」と定められていましたが(商法第514条)、債権法改正に伴い商法第514条は削除されました。
したがって、商事債権に関しても、法定利率は年3パーセントになります。

4【施行時期】

新法の施行日は2020(令和2)年4月1日ですので、2020年3月31日までに生じた債権に関して旧法ないし商法第514条が適用され、年5パーセントないし年6パーセントになります(附則第15条第1項)。

1【規制の必要性】

イギリスの法学者、メーンが封建社会から近代社会への進化を「身分から契約へ」と表現した通り、民法が制定され、対等な当事者間の自由な契約が保障されました。

しかし、この120年の間に契約の大半は寡占企業と消費者との消費者契約が占めるようになりました。金融機関で預金口座を開設する際や、携帯電話を購入する際に金融機関や携帯電話会社が「約款」という小さな文字で書かれた複雑なルールを持ち出してきたために嫌な思いをした方は多いと思います。
銀行預金や、携帯電話に限らず、生命保険、損害保険の加入や、電気・ガスの購入、電車・バス・航空機の利用、スポーツクラブの加入、宅配便の利用、インターネットの利用、ネット通販、コンピュータソフトの利用等など、私たちの前に約款が登場する例は文字通り枚挙に暇がなく、私たちの暮らしはその隅々にまで約款で規制されています。

しかも、事業者と消費者との契約においては契約条件等の交渉はなく、消費者においては約款を「丸飲み」した上で契約するか、契約を諦めるかの選択肢しかありませんが、約款は事業者が、自らの利益、都合だけを考えて一方的に作成するため、消費者にとっての不意打ちや極めて不利益な条項が数多く含まれています。

また契約は契約内容を認識、理解した上での当事者間の合意ですが、約款に関して消費者の大半は一読さえしていません。したがって、そもそも消費者が約款に拘束される根拠についても疑義があります。
そこで、新法は約款に関する規定を置くとともに、その内容を規制して、消費者保護を図っています。

2【約款の拘束力と制限】

まず新法は、ある特定の者(事業者)が不特定多数の者(消費者)を相手方として行う取引で、その内容の全部または一部が画一的であることが、双方にとって合理的なものを「定型取引」、定型取引において契約の内容とすることを目的として事業者によって準備された条項の総体を「定型約款」と定義した上で、①定型約款を契約の内容とすると合意した場合か、②事業者が予め定型約款を契約内容にすると消費者に表示している場合には消費者も定型約款に拘束されると定めました(新法第548条の2第1項)。

しかし、それでも、
㋐ 消費者の「権利を制限し、又は義務を加重する条項」であって、
㋑ その定型取引の態様や実情、社会通念に照らせば、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」と定めた民法の基本原則(民法第1条第2項)に反して消費者の利益を一方的に害すると認められる場合には、
その定型約款は契約内容にならないと定めました(新法第548条の2第2項)。

具体的な適用例は、今後、判例の集積を待つ必要がありますが、例えば、消費者に対して過大な違約金の支払いを命じる条項、事業者に故意や重過失があったとしても事業者が損害賠償義務を負わないと定めた条項、不当、過剰な抱き合わせ販売などが想定されます。

債権法改正のポイント4 定型約款

3【約款の変更】

従前、契約後に事業者が消費者の同意を得ることなく、約款を一方的に変更してしまうこともしばしばでした。
しかし、本来、契約においては、既に成立した契約の内容を相手方の同意を得ることなく一方的に変更することは許されません。約款を利用した契約であっても同様ですが、その一方で、法令が改正されたときなど約款を変更せざるを得ない場合があります。この場合、不特定多数の消費者全てから個別に同意を得ることは事実上不可能です。

そこで、新法は、事業者が、一方的に定型約款を変更することができるのは、
㋐ 消費者の一般の利益に適合する場合(消費者に有利な変更)か、
㋑ 契約の目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、変更することがあると定められていたか、その他の変更に関する事情に照らして合理的である場合(消費者に不利な変更)
であると定めました(新法第548条の4第1項)。

また手続的にも、事業者は変更の効力発生時期を定めて、変更することや、変更内容、効力発生時期をインターネットなどを利用して、消費者に対して適切に周知しなければならず(新法第548条の4第2項)、変更の効力発生時期までに適切な周知をしなければ、変更の効力が発生しないと定めています(新法第548条の4第3項)。

債権法改正のポイント5 売買

1【担保責任】

(1)〔全ての売買に適用されるようになりました〕

旧法においても売主の瑕疵担保責任に関する条文があり、そこには「売買の目的物に隠れた瑕疵があったとき」、すなわち買主の知らない欠陥があった場合、その欠陥によって契約を締結した目的を達成することができないときは買主は売買契約を解除することができる、目的を達成できないとまで言えない場合、買主は損害賠償の請求だけができると定めていました(旧法第570条)。

ところが、この「売主の瑕疵担保責任」のルールが適用されるのは、全ての売買契約ではなく、「特定物」と呼ばれる、その物の個性に着目して取引される物、例えば不動産や、中古自動車、美術品、骨董品などに限られると通説は解釈していました。
何故ならば、不特定物の売買契約において目的物に欠陥があれば、売主の債務不履行(不完全履行)になるが、特定物の売買契約においては、売主の債務は当該特定物を引き渡すことで尽きており、たとえその特定物に欠陥があったとしても買主は売主に対して債務不履行責任を追及することができない、しかし、それでは買主はせっかく売買代金を支払ったのにそれに見合った物を手にすることができない、そこで、売主には担保責任という特別な責任(法定責任)が課せられていると考えられていました。

しかし、具体的な取引において、その目的物が特定物か、不特定物かの判断が容易ではない場合もあります。
そこで、新法は、特定物であれ、不特定物であれ、売主には種類、品質、数量に関して契約内容に適合した目的物を買主に引き渡すべき債務を負っており、したがって、引き渡された目的物が契約の内容に適合していない場合は債務不履行(契約責任)であると整理した上で、担保責任について、次の通り規定されました。

(2)〔担保責任の内容〕

ポイント 契約不適合であれば、①修理、②交換、③不足分の引き渡し、④代金減額、⑤損害賠償、⑥解除を請求することができます。

引き渡された目的物(例えば、売買契約における商品)が「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないもの」であれば(これを「契約不適合」と言います)、

① それが特定物であっても、不特定物であっても、
② 売主は買主に対して「担保責任」を負い、買主は売主に対して、次の通り「追完」を請求できます(新法第562条第1項)。
㋐ 修補(修理)
㋑ 代替物の引渡し(交換)
㋒ 不足分の引渡し
③ さらに、買主が相当の期間を定めて追完を請求したにもかかわらず、売主がこれに応じなかった場合、買主はその不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができます(新法第563条第1項)。
④ 買主は、一般原則の通り、契約違反を理由に損害賠償を請求することも、契約を解除することもできます(新法第564条、同法第415条第1項、同法第541条、同法第542条)。
⑤ 但し、契約不適合の原因や責任が買主にある場合、買主は追完も、代金の減額も、損害賠償も、解除も請求することができません(新法第562条第2項、同法第563条第3項、同法第415条第1項、同法第543条)。

(3)〔担保責任の期間制限〕

ポイント 担保責任は買主が「知った時」から1年間
売主の担保責任については、1年間の期間制限があります。すなわち、買主が種類、品質に関する不適合を知った時から1年以内に売主に契約不適合を通知しなかった場合、買主は追完も、代金の減額も、損害賠償も、解除も請求することができません(新法第566条)。
この点、(1)でご説明した通り、旧法では、不特定物に関しては債務不履行(不完全履行)のルールで処理されていましたので、消滅時効期間は10年でした(旧法)。不特定物に関しては、とりわけ期間制限に注意する必要があります。

もっとも、この1年間の期間制限は「種類又は品質」に関する契約不適合にだけ適用されるルールです。「数量」に関する契約不適合(数量不足)や権利移転義務(新法第565条)に関しては適用がありませんので、数量や権利移転に関しては、第1、1でご説明した通り5年あるいは10年の消滅時効の一般原則に従います。
また売主が種類、品質に関する不適合を知っていたとき、あるいは知らなかったことについて重大な過失があるときも、同様に1年間の期間制限は適用されません(新法第566条)。

2【危険負担】

売買契約が成立した後、売買の目的物が売主、買主どちらにも責任がない事故で滅失、損傷してしまった場合(例えば、売買契約後、売主の倉庫に保管している間に地震が起こって、目的物がつぶれてしまった場合)、買主はそれでも契約通り売買代金を支払わなければならないのか、あるいは売主の代金請求権も消滅してしまうのかについては「危険負担」と呼ばれています。

この点、旧法では、特定物に関しては契約の時から(旧法第534条第1項)、不特定物に関しては、どれかに特定した時(例えば新品のテレビの売買であれば、売主と買主とで「このテレビにします。」と決めた時)から(同法第2項)、目的物が滅失、損傷したとしても、その滅失、損傷に関して売主に責任がなければ、買主は代金を支払わなければならないと定められていました。
したがって、買主は契約通りの目的物を引き渡してもらえないのに、代金を契約通り支払わなければなりませんでした。

しかし、この「結論」が不当なために、従来も実務では契約書に「目的物の引渡しの時から危険は移転する。」と記載し、特定物があっても、不特定物であっても、売主の倉庫にある間に地震でつぶれてしまったなら、売主は代金を請求できないけれど、買主に引き渡した後、買主の倉庫にある時に地震が起きて、つぶれてしまっても、買主は代金を支払わなければならないと、民法の「結論」は修正していました。

そこで、危険負担に関する旧法第534条は削除されました。その上で、新法第567条第1項は「売主が買主に目的物を引き渡した場合」は「その引き渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰すことができない事由によって滅失し、又は損壊した」としても、買主は「履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない」し、「代金の支払いを拒むことができない」と定めて、これまでの実務を追認しています。

債権法改正のポイント6 解除

1【解除の機能】

債権者は、債務者が契約に基づく債務を履行しない場合には一定の手続きを経た上でその契約を白紙に戻して、その契約の拘束から逃れることができます。これを契約の「解除」と言います。

例えば、A(売主)はBに対して、ある物(目的物)を売り渡し、B(買主)はAに対してその代金を支払うという売買契約において、Aが履行期(約束した日時)を過ぎてもBに目的物を引き渡さない場合、Bは「相当の期間」を定めてAに催告し、その「相当の期間」内にAが引き渡さなければ、Bはその売買契約を解除することができます(新法第540条以下)。

その結果、Bはこの売買契約に基づく債務(代金の支払い、目的物の受領)から解放されて、新たに他の者と契約し、他から目的物を入手することが可能になります。
もし契約が解除できる制度がなかったら、BはAに対して目的物の引き渡しを求める裁判を起こして、その判決に基づいて強制執行して、Aから目的物の引き渡しを受けることになりますが、裁判や強制執行のためには「時間」も「費用」を要します。

2【催告が必要ない場合】

1で言及した通り、契約を解除するにあたっては、原則として「相当の期間」を定めて、「履行を催告」しなければなりません(新法第541条)。

ところが、催告することが無意味な場合もあります。
例えば、和菓子屋を営むAが、5月5日の「こどもの日」に柏餅を販売しようと思い、B工場から5月3日までに納入してもらう約束で柏餅100個を1万円で仕入れた場合です。この場合5月5日が過ぎてしまうと、AがBから柏餅を仕入れた意味がありません。

そこで、旧法でも「契約の性質又は当事者の意思表示により、特定の日又は一定の期間内に履行しなければ契約をした目的を達成することができない場合」は催告を要することなく解除することができると定めていました(旧法第542条)。

新法においては、無催告で解除できるケースを整理して、次の場合には催告する必要がないと規定しています(新法第542条第1項)。

① 債務の履行が不可能な場合
② 債務者が履行を拒絶する意向を明確に表しているとき
③ 債務の一部の履行が不可能になり、または債務者が債務の一部について履行を拒絶する意向を明確にしている場合であって、残りの部分だけでは、契約の目的を達成することができない場合
④ 契約の性質あるいは当事者の意思表示によって、特定の日時または一定の期間内に履行しなければ、その契約を結んだ目的を達成できない場合において、債務者が履行しないでその時期を経過したとき
⑤ 債権者が催告しても、契約の目的を達成するための履行がなされる見込みがないことが明らかなとき

但し、これらは、いずれも従前、解釈や判例で無催告解除が認められていたケースで、実務に変更はありません。
⑤に関しては、A社の運営するショッピングセンターの区画をAから賃借し、店舗を営んでいたBが、粗暴な言動で他のテナントともめ事を起こし、それを注意したA社の社長を暴行したという事例において、Bの行為によってAB間の信頼関係は破壊されてしまったので、Aは催告することなく、AB間の賃貸借契約を解除することができると判示した最高裁判例があります(最高裁判決昭和50年2月20日)。

3【債務者に帰責事由がない場合の解除】

ポイント 債務者に落ち度がなくても、解除可能に改正されました。

旧法においては、債務者に帰責事由(責任)がなければ、債権者は契約を解除することができないと定められていました(旧法第543条但書き)。
その結果、契約内容が履行されなかったとしても、その不履行に関して債務者に責任がなければ、債権者はずっとその契約に拘束され続けることになり、他の取引先から代替的な取引ができませんでした。

例えば、ドラッグストアを経営するA社が、B工場からマスク1万枚を仕入れて販売しようしたところ、B工場周辺で新型コロナ肺炎が流行し、工場を閉鎖せざるを得なくなり、マスクが納入されず、工場再開の目途も立たない場合、AはいつまでもBの工場再開を待ち続けなければなりませんでした。しかし、それではAは「商機」を逸してしまいます。

そこで、新法においては、解除の要件から「債務者の帰責事由」を外しました。この結果、上の例では、Aは、一方ではBとの契約を解除して契約を白紙に戻し、他方、C工場と契約し、Cからマスクを仕入れることを選択できるようになりました。
但し、債権者に帰責事由がある場合は、債権者から解除することはできません(新法第543条)。故意に債務の履行を妨げて、契約の拘束力を逃れようとする不心得者を許さないためです。

債権法改正のポイント7 賃貸借

1【賃借人の現状回復義務】

ポイント 普通に使っていてもつく汚れや傷は賃貸人の負担です。

賃貸借契約が終了した場合、賃借人は、賃借物を借りた当時の状態に戻して賃貸人に返還しなければなりません。これを「原状回復義務」と言います。
ところが、旧法では、賃貸借契約における賃借人の原状回復義務に関しては旧法第616条が使用貸借における「借主は、借用物を原状に復して、これに附属させた物を収去することができる。」と規定した旧法第598条を準用するだけで、原状回復の範囲等に関する明文はありませんでした。

他方、建物賃貸借契約(オフィスビルや住居の賃貸借契約)終了時、賃貸人は、経年劣化や通常損耗(普通に使っていてもつく汚れや傷。例えば冷蔵庫やテレビによる壁の黒ずみとか、家具を置いたことによるカーペットのへこみなど)のリフォーム費用(例えば、畳替えやフローリング、壁紙の貼り替え費用)までも賃借人へ負担を求め、敷金から差し引いて返還するのが一般的でした。

しかし、建物賃貸借契約においても、賃借人が建物を使用する以上、通常に使用する範囲で建物が損耗し、経年劣化することは当然であり、賃貸人はこれら損耗等も勘案した上で賃料を決定し、受領しているはずです。
最高裁判例も「建物の賃貸借契約においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払いを受けることによって行われている。」と述べています(最高裁判決平成17年12月16日)。

そこで、新法は、賃借人の原状回復義務に関して、賃借人は、賃借物を受け取った後、賃借物に生じた損傷を原状に復する義務を負うものの、

㋐ 通常の使用及び収益によって生じた損耗や賃借物の経年変化、
㋑ 賃借人の責めに帰すことができない事由によるもの

に関しては原状回復義務を負わないと定めました(新法第621条)。

2【敷金】

賃貸借契約締結時に賃借人から賃貸人へ交付される「敷金」に関して、旧法には規定がなく、よって、敷金の返還義務や返還時期等に関しては判例によって処理されていました。

そこで、新法は、敷金に関する定義や、返還時期等に関する条文を新設しましたが(新法第622条の2)、いずれもこれまでの判例を追認しており、実務に変更はありません。

3【存続期間】

旧法は、賃貸借契約の存続期間に関して「20年を超えることができない。契約でこれより長い期間を定めたときであっても、その期間は20年とする。」と規定していましたが(旧法第604条第1項)、新法は上限を50年に変更しました(新法第604条第1項)。
ゴルフ場の敷地や、太陽光発電パネルを設置するための土地賃貸借契約には借地借家法が適用されませんので、これらの長期間の土地利用が必要な賃貸借契約において実務のニーズがあると思われます。

なお、建物所有を目的とした土地賃貸借契約や、建物賃貸借契約においては存続期間の上限はありません(借地借家法第3条、同法第29条第2項)。

4【修繕義務】

旧法は、賃貸人が賃借物の修繕義務を負うとだけ定めていましたが(旧法第606条)、新法は、賃借人の責に帰すべき事由によって修繕が必要になった場合は、賃貸人は修繕義務を負わないと定めました(新法第606条第1項但書き)。
ただ、賃貸人においては、たとえ修繕義務を負わないにせよ、賃借物(多くの場合は自己の所有物)が修繕を要する状態になった場合、管理上、そのことを知りたいはずです。

そこで、賃貸人サイドにおいては、賃貸借契約書に、例えば「本居室及び甲(賃借人)の所有にかかる造作、設備の破損または故障により修理の必要を生じ又は生じるおそれがあるときは、乙(賃貸人)は速やかに甲に通知しなければならない。」などの条項が必要になるかと思われます。

また新法は、①賃借人が賃貸人に修繕が必要であると通知し、あるいは賃貸人が修繕が必要と知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に修繕しないときや、②急迫の事情があるとき、賃借人において修繕することができると定めました(新法第607条の2)。
この場合、賃借人は賃貸人に対して修繕費用を請求することができます(新法第608条第1項)。

5【賃借人の保証人】

ポイント 賃借人の債務の保証も個人根保証契約です。

(1)〔個人根保証契約には上限の定めが必要〕

第2、1(3)でご説明した通り、個人根保証契約においては上限を決める必要があります(新法第465条の2第2項)。上限は確定的な金額でなければなりませんので、賃料の記載がないまま、単に「極度額は賃料の△ヶ月分」と記載するだけでは保証契約が無効になります。
「極度額は○○万円」とハッキリ書くか、あるいは「賃料は月額10万円」と記載した上で、「極度額は賃料の○ヶ月分」と記載する必要があります。

(2)〔賃借人の死亡や破産〕

第2、1(5)でご説明した通り、主債務者が死亡したときや、破産したとき、個人根保証契約の元本が確定します(新法第465条の4)。
したがって、賃借人が死亡したり、破産した場合、その時点における賃借人の債務をもって保証人の責任の範囲が確定します。

(3)〔賃貸人の情報提供義務〕

第2、3(1)でご説明した通り、保証人の請求があれば、賃貸人(債権者)は、賃借人の未払いの有無等を遅滞なく情報提供する必要があります(新法第458条の2)。

6【施行時期】

2020年3月31日以前の契約に関しては旧法が適用されます(附則第34条第1項)。

債権法改正のポイント8 請負

1【請負人の請負代金請求権】

(1)〔完成前の請負代金請求〕

ポイント 出来高に応じた請負代金請求権が明記されました。

建設会社やハウスメーカーがビルや住宅を建築し、施主が建設工事代金を支払うように、一方(請負人)が「ある仕事を完成させること」を約束し、他方(注文者)が「その仕事の結果に対しその報酬(請負代金)を支払うこと」を約束する契約を請負と言います(新法第632条)。

請負は「仕事を完成させること」を約束する契約ですので、請負人は仕事を完成させない限り請負代金を請求することができないのが原則ですが、建築工事などでは請負代金が多額になります。
したがって、ある程度工事が完成しているにもかかわらず、「完成していない」ことを理由に、注文者は請負代金全額の支払いを免かれ、請負人は請負代金を1円も請求できないのでは公平ではありません。

そこで、最高裁判例も、住宅の空調工事を請負い、配管工事が終了したにもかかわらず、注文者がボイラーの設置を拒んだために工事が完成しなかったケースや(最高裁判決昭和50年2月22日)、請負人が工事の49パーセントを完成させたものの、倒産したために完成させることができなかったケース(最高裁判決昭和56年2月17日)において、注文者に対して出来高に応じた請負代金の支払いを命じています。

新法はこれら判例法理を整理して、仕事の完成前であっても、

㋐ 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき、または、
㋑ 請負契約が仕事の完成前に解除されたとき
であって、
㋒ 請負人が既に完成させた仕事の結果うち可分な部分を引き渡すことによって注文者が利益を受ける場合には、
請負人に仕事の完成した割合に応じた報酬請求権を認めました(新法第634条)。

もっとも、建築請負工事の実務においては、仕事の完成時に請負代金金額を支払うのではなく、注文者は工事着工前(前渡金)や工事期間中(中間金)、そして完成時の各時点で、工事完成前でも段階的に請負代金を支払う「特約」が定められていることが多いです。

(2)〔注文者に帰責事由があって、工事が完成しない場合〕

(1)でご説明した通り、新法は「注文者の責に帰すことができない事由」によって請負工事が完成しない場合、請負人にその出来高に応じた請負代金請求権を認めていますが、逆に「注文者の責に帰すべき事由」、例えば注文者の失火や正当な理由になく注文者が拒絶したために請負人が仕事を完成させることができなくなった場合はどうなるのでしょうか。

この場合、請負人は仕事が未了な部分も含めて請負代金全額を請求することができますが、例えば使わずに済んだ材料や手間などがあって、利益を受けたときは、その利益を注文者へ返さなければなりません(新法第536条第2項)。

2【担保責任に関する条文を削除】

ポイント 請負独自の制度は廃止されました。

旧法は、例えば「仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。」などと定めた請負人独自の担保責任に関する条文がありましたが(旧法第634条、同法第635条、同法第638条など)、新法はこれらの条文を削除しました。

それでは、新法では欠陥工事をしても請負人は何ら責任を負わないし、注文者は「泣き寝入り」しなければならないのでしょうか。
もちろんですが、そんなはずがありません。

旧法では請負だけの独自の担保責任が定められていましたが、新法では他の契約(売買その他)と同様のルールが適用されます。
すなわち、売買に関する規定は、売買以外の有償契約(対価を支払う契約)にも準用されますので(新法559条)、仕事の目的物に瑕疵があった場合、売買における売主の担保責任に関する条文が適用され、注文者は請負人に対して、①修理(新法第562条)や、②代金の減額(新法第563条)、③損害賠償や契約解除(新法第564条)を請求することができます。

3【建物に関する例外の廃止①】

ポイント 建物の請負契約も解除可能になりました。

旧法においては、瑕疵(欠陥)があり、そのために契約の目的を達成できないとしても「建物その他土地工作物」に関する請負契約は解除することができないと定めていました(旧法第635条但書き)。
その立法理由に関して「建物その他土地工作物」については請負代金額が多額であるため、社会経済的な損失が大きいためだと説明されていましたが、欠陥があって、役に立たない土地工作物なのに解除することができないのは注文者にとって酷です。
このため、旧法下においても、最高裁判例は、建物の欠陥によってその契約の目的を達成することができないケースにおいて、請負人に対して建替費用相当額の支払いを命じており(最高裁判決平成14年9月24日)、実質的には解除と同様の効果を認めていました。

そこで、旧法第635条は削除されました。この結果、たとえ建物や工場などの「土地工作物」に関する請負契約であったとしても、注文者が欠陥の修理を求めたにもかかわらず請負人が相当な期間内に修理しなかった場合や(新法第541条)、請負人が修理を拒絶した場合、あるいは欠陥によって契約の目的を達成できない場合(新法第542条)、注文者は請負契約を解除することができます。
契約が解除されたなら当事者は原状回復義務を負いますので(新法第545条第1項)、請負人は既に受領している請負代金について金利を付して返還しなければなりませんし(新法第545条第2項)、加えて注文者は損害賠償を請求することができます(新法第545条第4項)。

4【担保責任の期間】

ポイント 請負の担保責任も「知った時」から1年以内です。

2でご説明した通り、旧法では請負独自の担保責任が定められていましたが、新法はこれらを廃止しました。したがって、請負人の担保責任の存続期間に関しても、売買と同じルールが適用されるようになりました。

すなわち、旧法では、注文者は目的物を引き渡された時から1年以内に修理等を請求しなければならないと定めていましたが(旧法第637条第1項)、新法では、注文者が欠陥(契約不適合)を「知った時から1年以内」に請負人に通知しないと、修補や代金減額、損害賠償、解除を請求できないと改正されました(新法第637条第1項)。
つまり、第1、1でご説明した消滅時効と同様に旧法では「引き渡し」と言う客観的な時点が起算点でしたが、新法では「知った時」と言う主観的な時点が起算点になります。

但し、請負人が不適合を知りながら注文者に引き渡していた場合には1年以内の期間制限は適用できません(同法第2項)。
とは言え、注文者はいつまでも担保責任を追及できる訳ではありません。第1、1でご説明した消滅時効期間の制限があります(新法第166条第1項)。

5【建物に関する例外の廃止②】

旧法では、「建物その他土地工作物」に関する担保責任の存続期間に関して「引渡し」の時から5年間、但し「石造、土造、れんが造、コンクリート造、金属造その他これらに類する構造の工作物」は10年間と定められていました(旧法第638条第1項)。
建物その他土地工作物に関しては欠陥の発見が容易ではないために、特別に長期間の存続期間が定められていました。

しかし、4でご説明した通り新法では担保責任の存続期間は「引渡し」の時からではなくて、注文者が不適合を「知った時」からに改正されました。
したがって、土地工作物についてだけ特別に長い期間を定めておく必要がなくなりましたので、旧法第638条は削除されました。

なお、住宅(人の住居の用に供する家屋又は家屋の部分。住宅の品質確保の促進等に関する法律第2条第1項)を新築する建設工事の請負契約においては「住宅のうち構造耐力上主要な部分又は雨水の侵入を防止する部分」については、請負人の担保責任の存続期間を引き渡しの時から10年と定める特則があり、たとえ契約でこの期間を短縮したとしても無効です(住宅の品質確保の促進等に関する法律第94条第1項、同条第2項)。