刑事訴訟法改正案(取り調べの可視化)
2008(平成20)年63日 記】

 

【ようやく】
 今日、午前10時から法務委員会が開催されて、私たちが提出した刑事訴訟法改正案がようやく審議されました。ようやくと言うのも、提出したのは昨年12月4日です。長い、与党の「審議拒否」でした。

【可視化って何?】
 私たちの提案を一言で言うと、警察署や検察庁の取調室で行われている、被疑者に対する取り調べの状況をビデオに録画、録音するということです。ビデオに録画、録音すると、密室で行われた取り調べの状況を、後日、目で見て、確認することができます。だから、「可視化」と呼ばれています。

【何故?】
 私たちがこの法案を提出した理由は2つです。
 1つは、最大の人権侵害である「冤罪」を、この国からなくすためです。
 もう1つの理由は、来年5月21日から始まる「裁判員」制度において、裁判員の負担を軽減するためです。

【密室の取り調べが冤罪の温床】
 もしも、あなたが警察から「犯人」だと疑われてしまったならば、まず逮捕されます。逮捕期間は72時間です。引き続いて、合計20日間勾留されます。その結果、1つの罪名について合計23日間も身柄を拘束されて、連日、警察官しかいない取調室において、ただ1人で取り調べを受けることになります。
 
 近代国家成立以前は、何が何でも犯人を探し出して、処罰するために、拷問でさえも容認されていました。
 しかし、無理矢理に自白させてしまったならば、罪のない者を、犯人でない者を処刑してしまう危険がある、これこそが最大の人権侵害だと認識が育ちました。
 そこで「100人の有罪者を処罰するためには、1人の無罪者を処刑しても構わない」という「実体的真実発見主義」、端的に言うと「必罰主義」に代わって、「たとえ100人の有罪者を取り逃がすことになっても、1人の無罪者を処罰してはならない」との文明、すなわち「デュープロセス」の思想が成長して、「被告人の無罪推定」とか、「疑わしきは被告人の利益に」などの智恵が生まれました。日本国憲法も、31条から40条までに刑事手続きに関する詳細な人権規定を置いています。このように刑事手続きにおいてデュープロセスを保障しているのも、「たとえ100人の有罪者を取り逃がすことになっても、1人の無罪者を処罰してはならない」との思想の表現にほかなりません。
 私たちは、密室での23日間において、警察官や、検察官が、仕事熱心さのあまりに、被疑者に対して強制的な、脅迫的な取り調べを行って、被疑者にウソの自白を強いてしまい、その結果、最大の人権侵害である「冤罪」を生み出すことのないように、密室での取り調べを録画、録音するよう提案しました。

【可視化によって真相解明】
 警察庁は国会答弁で、「可視化は真相解明を困難にする」と繰り返していますが、その実証的な根拠は何ら示していません。
 しかし、もしも、強制的に、無理矢理に自白させてしまったならば、罪のない者を、犯人でない者を処罰してしまう危険があります。無理矢理に自白させた結果、犯人でない者を処罰してしまったならば、真犯人は処罰されず、世間を大手を振って歩くことになり、真実は闇に葬られてしまいます。自白を強いることがある密室での取り調べは、冤罪を生む可能性があるという点で、実は真犯人を取り逃がしてしまうシステムです。
 私たちは、真相解明のためにも可視化が必要だと考えています。

現場の殆どの警察官、検察官の方々は、法と、正義を実現するために、一生懸命働いておられます。それ故に、現場の警察官、検察官からは「これで、弁護士がしょーもない言いがかりを付けてきても、おれ達の正しいことがビデオを観たら、一発で明らかになる」と、私たちの提案を歓迎して頂いているのではないかと思っています。

【裁判員の負担】
 来年5月21日から「裁判員」制度が施行されます。毎年、4000人に1人の割合で、国民が裁判員か、補充裁判員に選ばれて、職業裁判官とともに、刑事裁判に参加して、事実認定を行い、刑の重さを決めて、判決を言い渡すことになります。
 平成18年に最高裁が実施したアンケート調査でも、仕事や、家事を理由に参加困難と回答した者が76.6パーセントにも達しています。現実の問題として、突然、裁判員として拘束されてしまうことは負担が極めて大きいはずです。
 この点、最高裁は、裁判員裁判の7割は3日以内に終わると説明しています。すると、逆に、残り3割はどうなるのでしょうか。最高裁も当初は裁判員に反対しており、2000年9月12日に司法制度改革審議会の提出した意見書の中でも、「国民に極めて大きな負担を求める」述べるとともに、その一例として、「O.J.シンプソン事件では陪審員は265日間隔離された」と紹介していました。
 裁判員の呼出状が「現代の赤紙」とならないように、裁判員の負担軽減は必須の政策課題です。

 ところで、刑事裁判が長期化する理由としては、@オウム事件のように犯罪が多数の場合、A鑑定の結論がなかなか出ないの場合、B刑訴法319条1項は「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない」と規定していますが、このように捜査段階での調書の「任意性」が争われる場合の3パターンがあります。
@に関しては、部分判決制度が創設されて、一応の手当てが終わりました。
鑑定が遅い場合は、それまでは法廷が開かれませんので、裁判員の負担はある程度は考慮しなくてもいいだろうと思います。

 問題は、Bの調書の任意性が争われる場合です。
 これまでは、被告人質問で、被告人自らが取り調べ状況を述べて、これに対して、検察側は取り調べを担当した警察官を尋問して、打ち消す証言をさせて、いわば「やられた」、「やってない」という水掛け論が延々と続きました。「任意性」が争われたリクルート事件では1審だけで13年、公判回数は322回に達しました。もしも、裁判員がこの種の事件に巻き込まれてしまったなら、仕事を奪い、家庭を崩壊させることになります。

 しかし、取り調べの状況は、延々と水掛け論を続けないと明らかにならないのでしょうか。そのような時間の無駄をしなくても、取り調べ状況を撮影したビデオを再生すれば、脅迫があったか、なかったか、不当な取り調べがあったか、なかったか一見して明らかになります。それ故に、私たちは裁判員の負担を軽減するためにも、取り調べの可視化、すなわち録画、録音が必要だと考えています。

【期待】
 今日の委員会で審議は終了して、採決が行われ、私たち民主党と、共産党、社民党の賛成、自民、公明党が反対して、可決されました。明日の本会で可決されて、衆議院に送られる予定です。
衆議院で、自民、公明両与党が340議席を占めていることも承知しているが、愚公、山を移すの例えもあります。
 この「可視化」の議論を通じて、まずは、このままで来年5月21日からの「裁判員」は本当に大丈夫か?という国民的議論の沸き上がることを期待しています。今のままでは、任意性に関する争いに巻き込まれてしまった裁判員の過大な負担が、裁判員制度そのものを崩壊させてしまいます。
 今1つ、冤罪という最大の人権侵害を、この国は根絶できたのかという深い議論が行われることを期待しています。残念ながら、志布志事件、氷見事件によって、そうではないことが明らかになってしまいました。
 ある日、突然、身に覚えのないチカンと疑われて逮捕される、身に覚えが無くても自白したら釈放してもらえるけど、「私はやっていません」と正直に答えたら保釈してもらえない「人質司法」の下で、冤罪は決して他人事ではありません。
 だからこそ、冤罪を撲滅するために、その温床となる密室での取り調べにメスを入れなければならないというコモンセンスが、この審議をきっかけに、この国に根付き、育ってくれることを祈りたいと思います。
【前川きよしげ本人が書いています】